ゆ・ら・ら くるりん

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「父さんとゆきいろセーター」  

まめさん 作        

優しい秋の日差しが部屋の奥まで低い光を投げかけている

そこにできたおぼろげな光の帯

風が窓辺のカーテンを揺らしその揺れが光の帯にゆらゆらと影法師をつくっている

その影法師が次々といろいろな形に変わっていき、思いもかけず夢中になる

飽きずに眺め続けているとまるで違う世界に足を踏み入れたかのように時間が止まり、

そのまま戻れなくなりそうで、少し不安になってきた



「ふーっ」亜希子は深いため息をつく

「こんなことしてたらいつまで経っても終わりそうにないなあ」

影法師から目を移した先は、部屋のあちこちに出来た衣類の山



朝の風が少し冷たく感じ始めた秋の一日…

忙しさを理由に一日一日と延ばし続けていた衣類の入れ替えを

亜希子はようやく重い腰を上げてやっつけることにしたのだ



「どうして毎年毎年季節の変わり目にこの作業があるんだろう

ハワイみたいにずっと夏だったら、衣類も少なくて入れ替えの必要もないのになあ」

と思わず愚痴が出てくる



中身を開けてないのはあとひとつ…と意を決して押入れの奥から衣装箱を引っ張り出す

「この中には何入れてたっけ?」と開けてみると

もう何年も使っていないスキーウエアの下の方に、なんだか覚えのある柄が目にはいってきた

「うん?これってもしかしたら…」と気になって取り出して見た

「ああ…これはあの時のセーター?」

亜希子は思わずそのセーターを体に当ててみた



「少女みたいだ。」こう言った父の声が蘇ってくる…私がそのセーターを着てみせた時のことだ



その頃父と母はよく海外旅行に出かけていて、それは北欧に旅した時のお土産だった

小柄な私用に子供サイズを選び、母親になっていた私にも似合うように色や柄は抑えたものにしたようだった

グレー地の上に首から胸にかけてラウンド状に雪の結晶の柄が白く入っていた

地味な分かえって清楚な感じを与えるそのセーターは

着てみると、恥ずかしくなるほどの少女らしさを醸し出していた



その姿を見た時の父の言葉だった



私はその時なんだかひどく照れてしまった

我知らず顔まで赤くしていたかも知れない

父からこんな言葉をそれまで一度も聞いたことはなかった

そして私はあんなに素直にその言葉を聞けたことはなかった



幼い頃、泣いて愚図っていると

父は「あれ?カラスがどこかで泣いてるぞ お前はまた歌を歌ってるのかい?」

と鼻歌を歌いながらからかうばかり…私は悔しさに一層泣き声を大きくしたものだった



思春期になると、反抗心ばかりが胸の中を占めた

「父のようにはなりたくない。」「父など居なくなればいい」と日記に書き付け

事ある毎に私は父と衝突したのだった

母が旅行で出かけ家に二人だけになった時などは

ふたりともどうしたらいいのかわからず、部屋の中を無言ですれ違うばかりだった



亜希子はセーターを体に当てたまま、父とのいろんな場面を頭の中に次々と描き出していった



受験勉強をしているのに家業の仕事が忙しいから手伝えという父

渋々手伝い始めると、手にはストップウオッチ…作業の時間を計ると言う

「どうして?」と思う間もなく必死にならざるを得なかった



本が好きで毎日仕事が終わると部屋にこもって読書三昧の父

一方で、負けず嫌いで私の読んでいる本が気になっていた父

「時々こっそり亜希子の部屋の本棚を覗いているみたいよ」と母の言葉

私は内心ほくそ笑んだ

だって私は父さんの読まない本ばかり選んでいたから…



あんなに強かった父は今はもう居ない

あんなに自信満々だった父の声はもう聞こえない



病院で私の手から食事を口に運んでもらうあなたを私は見たくはなかった

あなたは…父さんはいつでも強い人であって欲しかった



去年のクリスマスを父は病室で過ごした

「今日はクリスマスよ」という私に

「チョコレートケーキ食べたいなあ、大きな大きなケーキ」と言った父

「何を子供みたいなことを言ってるの、父さん」と言いながら

亜希子は昔から甘党の父の元気な頃の姿を思い浮かべて寂しくなった



セーターに顔を埋めると

幼い頃のクリスマスの夜家族で過ごした情景が浮かんできた

父さんの好きだったあの大きなチョコレートケーキの匂いも…


そうだ、この冬はこのセーター着ていつもの駅前の大きなツリーを見にいこう

そしてツリーの下に行って、あのイルミネーションの乱舞の姿を見よう

セーターの雪の結晶が一緒になって空に吸い込まれていくかも知れない



亜希子は、体からセーターをそっと離し、タンスの引出しの中の特等席に置いて

「あなたと出かけるその日までここに居てね」とつぶやき

もう一言は声にならず心の中でぽつんと響いた

「ねえ父さん、たまには私と一緒にツリーを見にいこうよ」と………

おわり