「終わりの夏」

終わりのとき
そこに見えるかすかな予兆
発信される静かなサインに気づかぬふりをし
現在(いま)が永遠に続いて欲しいと願う
終わりの向こうに何があるか
扉を開くのが怖い
ぬくぬくと今の空気を彷徨いたいから

季節の終わりもそう
ことに夏の終わりは一層の寂しさ
エネルギッシュな日差しと降りそそぐ蝉時雨
不思議なことに
いつのまにか…喧噪の中にひそむ規則的なシンフォニーの静寂を楽しんでいる
あるときふと気づく
蝉時雨が止み、雨だれのように静かなため息
そんな蝉の音が時折耳に届く世界の訪れ

毎朝、家の外に出ると
地面のあちこちに転がる黒く小さな物体
これは昨日の彼なのか
あれは一昨日の彼なのか
目覚めてすぐ、寝室の窓のカーテンを開ける
そこにいつも一匹の彼の姿
じっと動かず、必死に窓ガラスに足をつけ
私を見つめる
次の朝もその次も、ずっとそこに現れる
違う彼の姿

短い命を終えるとき
彼らは何故
慣れ親しんだ木ではなく
人工的なガラス窓に向かうのだろう
力尽きてその亡骸を横たえる場所は
無機質なコンクリートの上かも知れないのに
自分の生きた証、自分の終焉の姿を
私たち人間に見せつけるためなのか
それとも
季節の終わりを告げる、物静かな語り部になるためなのか

地面に落ちた黒い物体は
やがて、風に吹かれ、雨に打たれ
その姿はみるみる小さくなっていく
観念した私は
固く閉じたまぶたを大きく開き
扉の向こうの世界をあるがままに受け入れる
慣れ親しんだ季節のぬくもりを捨て
新しい世界の空気をわしづかみする

終わりの夏は、寂しく消え
始まりの秋は、はにかみながら挨拶を返す

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