ゆ・ら・ら くるりん

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遠い遠い…森の記憶
(その4)



たっちゃんは、家を出るときにお母さんから頼まれたことがあった。

家から少し歩いたところに「きらきらはつらつ商店街」がある。(変な名前だ。)

頼まれたのは、その商店街の中の「木村パン屋」さんへ寄り、

コッペパンを3つ注文してくることだ。

そこのコッペパンは、なんでも日本一なんだそうで、何故だかテレビで紹介されたこともある。

だから早く注文しないとケースにひとつも無くなってしまうのだそうだ。


実は、たっちゃんはこのコッペパンが好きではない。

(だって何も味がないもん。クリームもジャムも入ってないし、お砂糖もかかってない、ただのパンだもん。)


店の前に来ると、「おっ!たっちゃん。おはようさん。お母さんに頼まれたかい?」と

木村のおじさんが声をかけてきた。

「コッペパン3つお願いだって。後でおかあさん取りに来るから。」

「はいはい!毎度ありがとさん!」「たっちゃん、もうすぐお兄ちゃんだね。楽しみだね。」

「うん!」と大声で答えて、たっちゃんはまあ君との約束の場所へ走っていく。

(弟かな?妹かな?ぼくに似てるかな?楽しみだけど、それよりおかあさん大丈夫かな?)

少し不安な気持ちを感じながら、たっちゃんは川原へ急ぐ。

川原に着くと、たっちゃんは大きく息を吸い込んだ。まあくんはまだ来ていないみたいだ。

この町は細い路地ばかりなのに、そんな路地までコンクリートで固められている。


コンクリートの下の土が可哀想だとたっちゃんはいつも思う。

でもここだけは土があって木もあって草も花もあって気持ちがいい。

土もきっとご機嫌に違いない。そしてぼくもご機嫌で土の上をたったったと歩く。


この川原には桜の並木道がずっと続いている。春は桜の花が咲いて、ピンクの綿菓子の行列みたいになる。

たっちゃんは、そのうちの一本の木の幹にそっと手を当ててみた。

そして耳をつけてみた。(やっぱりなんにも聞こえないや。)

川の向こう…遠くに高層ビルが見える。

(ここは森じゃないもんな。森の中でないとお話できないのかな?)


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