ゆ・ら・ら くるりん
遠い遠い…森の記憶
(その3)
こんな話を聞いてから、たっちゃんは「あの森」が気になって仕方がなかった。
家にひとりの時は、時々去年亡くなったおじいちゃんの部屋に入り、
おじいちゃんの写真が飾られた隣にある「大きな木の写真」をながめるようになった。
最初はどうしても木の写真の前に立てず、
ぼくを可愛がってくれた笑顔のおじいちゃんの写真ばかり見ようとした。
そして、木の写真のほうはというと、横目でちらちらながめるだけだった。
そんなことが続くうちに、たっちゃんは「あの木の写真」にすっかり慣れていった。
「あれ?もう怖くないや。どうしてだろう?」
いつのまにか、写真の中の大きな木が、なんだかとても優しいおじさんのような気がしてきたのだ。
写真を見ていると、不思議にあったかい気持ちに包まれる感じだ。
このことはお父さんとお母さんには秘密だ。
秘密ってなんだか楽しいものなんだなとたっちゃんは思った。
「トントントン」台所からお母さんの包丁を使う音…
もう朝なんだ…と思いながら、まだ目を閉じていたたっちゃんに、
「達也!もう起きろよ。今日はまあ君と蝉取りに行くんだったろ?」とお父さんの声。
(そうだった。寝坊しなくてよかったあ。)
「はーい!」とたっちゃんは布団から勢いよく跳び起きる。
洗面所で顔を洗っていると、隣の安田さんちのおばさんの怒鳴っている声が聞こえる。
(またおじさん怒られてるのかな?おじさん可哀想だな。)
「安田さんのご主人、夕べもお酒沢山飲んで失敗しちゃったのかな?」とお父さん。
「おじさん悪いことしたから怒られてるの?」とたっちゃんが聞くと、
「そうだね。ちょっとだけ悪いかも知れないね。でもおばさんはおじさんが好きだから怒っているのさ。」
(おとなの言うことはさっぱりわからない。好きなのに毎朝怒っているなんて変だよ。)